[コース6] 桜井均のドキュメンタリー学校

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タイトル: 映像を「読む」― メディアは戦争をどう伝えてきたのか (PART2)

概要:

期間:2020年10月 - 2021年1月 / 全6回
時間:14:00 ~ 16:00
曜日:原則として隔週土曜日

開催方法と定員:
- オンライン 40名
- オフライン 10名 あめにてぃCAFE・梨の木舎 https://goo.gl/maps/8taDBKmNVk22J3BP9
※ お申込み時、購入者情報の備考欄に、オンラインかオフラインのいずれをご希望か明記してください。


講師:桜井均(立正大学社会学科非常勤講師) ※ オンライン参加
1946年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。NHKに入局。スペシャル番組センター、エグゼクティブ・プロデューサーを担当。この間,主に教養番組,ドキュメンタリーなどの制作にあたる。立命館大学映像学部、東京大学情報学環、立正大学社会学科などで教員。著書に「埋もれたエイズ報告」など。
受賞 
- (1994年) 日本ジャーナリスト会議大賞、放送文化基金賞 NHKスペシャル「埋もれたたエイズ報告」
- (1992年) 放送文化基金賞本賞 NHKスペシャル「東京裁判への道」
- (1991年) 放送文化基金賞 NHKスペシャル「チョウムンサンの遺書~BC級戦犯裁判~」
- (1981年) 文化庁芸術祭優秀賞 ルポルタージュにっぽん「米ソ艦艇・謎のUターン」

コーディネータ:
- 内海愛子 (大阪経済法科大学、NPA共同代表)
- 李泳采 (恵泉女学園大学)

◆ 第1回 『日本の悲劇』 (亀井文夫監督) (1946年)
※ 関連:『上海』 (1938年) 『戦ふ兵隊』 (1939年)
開催日:2020年10月31日 (土)
概要:亀井文夫は日本のドキュメンタリーの草分け的な監督です。戦争中、戦意高揚のための映画を作ることを求められましたが、面従腹背を貫きました。『上海』では、日本軍の進駐に熱狂する日本人とは対照的にカメラを睨む中国人の顔を映し出し、「カメラが映してしまったのだから」と平然と答えたと言います。また、1975年に「幻の反戦映画」として再発見された『戦ふ兵隊』は、戦意高揚とはほど遠く、つねに戦場となった中国の民衆を視界に入れながら、疲れ果てた日本兵に目を向け、「戦わない兵隊」を描き出しました。次に、長野の観光映画『信濃風土記』では、小林一茶の「信濃では、月と仏とおらが蕎麦」をもとに、貧困をテーマにしてしまいました。亀井文夫は、映画監督としては初めて治安維持法の対象となり逮捕されました。
そして、戦後になって「日本の悲劇」 (1946年) で、ようやく侵略戦争の罪業を描きました。しかし、ラストに軍服姿の昭和天皇が背広姿にオーバーラップで変身するシーンを入れたため、GHQの占領政策を忖度した吉田茂首相から上映禁止にされました。同年5月から48年11月まで開廷された東京裁判に、天皇は結局訴追されませんでした。そうしたことと関係があるのではないかなど、諸説あります。
   
◆ 第2回 『忘れられた皇軍』 (大島渚監督) (1963年) 日本テレビ
開催日:2020年11月14日 (土)
概要:日テレの「ノンフィクション劇場」のうち、いわば外部の映画監督である大島渚に依頼したドキュメンタリーです。日本軍として戦って傷病兵となりながら、サンフランシス講和条約で「第三国人」とされ、軍人恩給の対象から外されたことに抗議する「日本軍在日韓国人傷痍軍人会」の活動を追ったドキュメンタリーです。冒頭、両目を失った徐絡源が電車のなかで募金活動をしています。そこに、いきなり大島のナレーションが入ります。「戦争が終わって18年。今なお、こうした姿を見なければならないことは、私たちにとって愉快なことではない。あるいは私たちにとって何の関係もないことである」。そして、たたみかけるように、「この人たちは戦争中、日本人として、日本のために戦い、戦後の激動のなかで韓国籍になった韓国人なのだ」と切り込みました。1965年の日韓基本条約締結の二年前の放送です。
国籍のみならず戸籍条項で処遇を変える国家の非情を日本人としてどう受け止めるのかを問うています。

◆ 第3回 『731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~』 (2017年)
開催日:2020年11月28日 (土)
概要:日本軍が中国大陸で行った人体実験、731部隊の罪業は、東京裁判で裁かれませんでした。アメリカは元731部隊の幹部を赦免する代わりに、人体実験の結果を入手しました。ソビエト側は、それへの対抗として、731部隊に属していた捕虜をハバロフスクの人民裁判にかけました。2017年になって法廷の録音盤が出てきました。731部隊の医学者の一人、柄沢十三夫は「もしも生まれ変わったならば、人類のために尽くしたい」と証言し、帰国直前に自殺したと言います。証言の数々から浮かび上がってきたことは、戦争と科学の抜きがたい関係でした。現在の日本学術会議で、軍事研究と大学の研究の関係が議論され、731部隊の問題も焦点になりました。そのなかで「科学者は戦争に動員されたのではなく、むしろ科学者が戦争を残酷化してきたのではないか」という発言がありました。

◆ 第4回 『アジアの従軍慰安婦・51年目の声~埋もれた尋問報告 戦場の女性たちは何を見たか』 (1996年)
※ 関連:『戦争をどう裁くか~問われる戦時性暴力~』 (2001年)
開催日:2020年12月12日 (土)
概要:1995年の「戦後50年・村山談話」がアジアへの侵略の事実を認め、謝罪をしたことに危機感を強めた自民党若手議員を中心に、96年には「『明るい日本』国会議員連盟」ができ、歴史教科書から従軍慰安婦や南京大虐殺などの記述を削除するよう求める動きが活発になりました。他方、ジュネーブの国連人権委員会では、日本軍の慰安婦制度は、ユーゴ、ルワンダの内戦中に行なわれた性暴力と同じ「人道に対する罪」を構成するという認識を示していました。このギャップのなかで、番組は女性たちの証言に忠実に背景や現場を検証し、「証言の時代」を意識した放送を出しました。物証がないなかで、置き換え不可能な証言を記録していくことの困難に挑戦した放送です。放送日の設定など、オンエアされるまでの紆余曲折は、当時の困難を物語っています。

◆ 第5回 『東京裁判への道 ~なにが、なぜ裁かれなかったのか~ 』 (1992年)
※ 関連:『秘録・高松宮日記の昭和史』 (1996年) 『昭和天皇・二つの独白録」 (1997年)
開催日:2020年12月26日 (土)
概要:日本の戦後史を歪んだものにしたのは、連合国による東京裁判 (極東軍事法廷) だったと言っても過言ではありません。なにが裁かれなかったのか。天皇の戦争責任、731部隊の犯罪、日本の植民地支配にかかわる責任、そして原爆投下の責任などです。この放送は、特に昭和天皇が訴追されず、証人にも召喚されなかった背景を、各国の認識や思惑のズレ、戦後日本に対する占領政策との関係で描いたものです。この不徹底が日本の戦後責任を曖昧にしてきたと言えるでしょう。「東京裁判終結以降、日本人は自らの手で戦争責任を裁いたことはなかった」というラストコメントはその後の女性国際戦犯法廷にも引き継がれたことは重要な意味を持ちます。

◆ 第6回 『日韓条約 ~知られざる交渉の内幕~』 (2005年)
※ 関連:『調査報告 アジアからの訴え~問われる日本の戦後処理~』 (1992年)
開催日:2021年1月16日 (土)
概要:1965年の日韓基本条約は、14年という長期にわたる交渉のすえ締結されましたが、そもそも日本と韓国の二国間の要請から出発したものではなく、アメリカのアジア政策に根差したものでした。アメリカは、日韓予備会談から最後の第7次会談に至るまで、背後で両国に圧力をかけていました。したがって「戦争責任と補償」というもっとも基本のところをはずした国家間の「取り引き」に終わり、それぞれの国民の真意とはかけ離れたものになりました。禍根を現在にまで残した交渉の舞台裏を見ていきます。

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