【NPA第2期】よくあるご質問

[コース6第1回] 『日本の悲劇』 (亀井文夫監督) (1946年)

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※ 関連:『上海』 (1938年) 『戦ふ兵隊』 (1939年)

開催日:2020年10月31日 (土)
講師:桜井均(立正大学社会学科非常勤講師) ※ オンライン参加

概要:亀井文夫は日本のドキュメンタリーの草分け的な監督です。戦争中、戦意高揚のための映画を作ることを求められましたが、面従腹背を貫きました。『上海』では、日本軍の進駐に熱狂する日本人とは対照的にカメラを睨む中国人の顔を映し出し、「カメラが映してしまったのだから」と平然と答えたと言います。また、1975年に「幻の反戦映画」として再発見された『戦ふ兵隊』は、戦意高揚とはほど遠く、つねに戦場となった中国の民衆を視界に入れながら、疲れ果てた日本兵に目を向け、「戦わない兵隊」を描き出しました。次に、長野の観光映画『信濃風土記』では、小林一茶の「信濃では、月と仏とおらが蕎麦」をもとに、貧困をテーマにしてしまいました。亀井文夫は、映画監督としては初めて治安維持法の対象となり逮捕されました。
そして、戦後になって「日本の悲劇」 (1946年) で、ようやく侵略戦争の罪業を描きました。しかし、ラストに軍服姿の昭和天皇が背広姿にオーバーラップで変身するシーンを入れたため、GHQの占領政策を忖度した吉田茂首相から上映禁止にされました。同年5月から48年11月まで開廷された東京裁判に、天皇は結局訴追されませんでした。そうしたことと関係があるのではないかなど、諸説あります。