【NPA】よくあるご質問 ※2021/07/12更新

[コース06] 桜井均のドキュメンタリー学校 Part5-初期テレビ・ドキュメンタリーが映し出した戦後日本の実像と虚像~1950年代後半から70年代前半まで~

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タイトル:初期テレビ・ドキュメンタリーが映し出した戦後日本の実像と虚像~1950年代後半から70年代前半まで~

コース概要:日本のテレビ放送開始は1952年。それ以前は、「日本ニュース」などの外注映像が主であり、社会問題はラジオの録音構成が担っていた。初期のドキュメンタリーはNHKの「日本の素顔」(1957年~64年)、日テレの「ノンフィクション劇場」(1962年~68年)、「現代の映像」「ある人生」(1964年~71年)など、それぞれ週一回放送されたので、膨大なアーカイブが集積され、戦後から高度成長期にいたる時代のエポック、64年の東京オリンピック、70年の大阪万博を経て、オイルショックに至る70年代前半までの世相を映しだしている。あわせて、その制作に携わった取材者の視点の変化を見ることで、映像メディアの時代を相対化していきたい。
コース6 Part5では、「戦争の傷跡」、「戦争の記憶」、「戦後の暮らし・家族観」、「民主主義のかたち」、「都市化と地域社会の激変」、「公害・貧困・格差の拡大」などをテーマに、その可能性と限界を「戦後精神史」として構成していく。

曜日:土曜日 原則隔週
時間:14:00-16:00
開催方法:オンライン &オフライン(会場)開催
-オンライン定員:50名
-オフライン定員:10名
あめにてぃCAFE・梨の木舎https://goo.gl/maps/8taDBKmNVk22J3BP9

コーディネーター:千葉花子(聖公会大修士課程)
講師:桜井均(映像ジャーナリスト・元NHKディレクター/プロデューサー)

講師:桜井均 1946年生まれ。東京大学文学部仏文科卒。69年NHKに入局。スペシャル番組センター、エグゼクティブ・プロデューサー。この間,主に教養番組,ドキュメンタリーなどの制作にあたる。立命館大学映像学部、東京大学情報学環、立正大学社会学科などで教員。著書に「埋もれたエイズ報告」「テレビの自画像」「テレビは戦争をどう描いてきたか」など。
受賞:(1974年) 放送文化基金賞 特集「皿の碑」(松山放送局) / (1981年) 文化庁芸術祭優秀賞 ルポルタージュにっぽん「米ソ艦艇・謎のUターン」(札幌放送局)/ (1991年)放送文化基金賞 NHKスペシャル「チョウムンサンの遺書」(名古屋放送局)/ (1992年)放送文化基金賞本賞 NHKスペシャル「東京裁判への道」/(1994年)日本ジャーナリスト会議大賞、放送文化基金賞 NHKスペシャル「埋もれたエイズ報告」/(2002年) 放送文化基金企画賞 アフリカ 21世紀「隔離された人々 引き裂かれた大地」

◆第1回 初期ドキュメンタリーに記録された戦後社会(1957年~60年安保)

開催日:2021年11月13日(土)14:00-16:00
概要:「日本の素顔」が始まる前年1956年の経済白書には、「もはや戦後ではない」と記された。その真意は、戦争で壊滅的になった日本経済を回復させたのは「復興エネルギー」だったが、これからは積極的な「成長政策」を講じなければならないという宣言だった。しかし、日本人の多くは「これで戦後は終わった」と解釈し、「戦争の忘却」、「戦争責任の解除」に向かった。以後、「成長」に名を借りた「エネルギー革命(石炭から石油へ)」「再軍備(自衛隊の創設)」「都市化と過疎(格差の拡大)」「地域崩壊(公害、差別の温存)」にひた走り、さまざまな社会問題を惹起した。1960年の安保改定は、今日にいたる日本の針路を決定したターニングポイントであった。同年の三池争議は「総資本対総労働の天王山」と言われ、労組の分裂と組織内労組化をもたらした。合理化のかげで、中小炭鉱の事故、閉山が相次ぎ、炭鉱離職者が大量に山を捨てた。この時期、全国的な規模で、地域間格差が農山漁村を疲弊させた。
映像参考:1957年~60年
57年「新興宗教をみる」「養護施設の子供たち」 / 58年「日本人と次郎長」「下水なき文化国家」「三軍の装備」「春を待つ子供たち」「季節労働者」「青い目の子供達」「部落」「迷信」「パイロット地区~農業近代化への試練~」「ガード下の東京」「水の上にくらす人たち」「売春防止法」「ハイティーン」「嵐の中の先生」「豊作」「ボタ山のかげに~中小炭鉱~」「警察官」「もっと光を」「無医村」「この人達に愛の手を~みんなで明るいお正月~」 / 59年「日本の中の朝鮮①在日朝鮮人の日本での生活 ②長崎大村収容所ほか ③大阪市生野区の在日朝鮮人の生活」「日本政府専売品」「神の国日本」「引き上げ14年」「テレビジョン(現代のマンモス)」「飯場に生きる」「在日外国人」「マヒと斗う~肢体不自由児の記録~」「憲法第25条」「ある玉砕部隊の名簿」「右翼」「隠れキリシタン」「モンテンルパへの追憶」「コタンの人たち(日本の少数民族)」「美人天国」「伊勢湾台風」「川に映った東京」「ボタ山は訴える」「国鉄ローカル線」「奇病のかげに(水俣病)」「孤独の島”沖縄”」「自衛隊」「もういくつねると(歳末の狂態とその裏側)」 / 60年1月 「土地飢饉」「街の若者たち」「国境の島 対馬」 2月「幼き受験生たち~受験にっぽん~」「患者集団」「雪国~雪と山にとざされた村の記録~」「マンモス都市」 3月「セールスマン」「火山灰地に生きて」「地方議会」 4月「競り合い経済学」「三行広告」「暗い浜辺~北海道の不漁地帯を行く~」 5月「日本人の家」「三池」「行動の世代~高校生のある断面~」「大津波」 6月「議長の椅子」「群像」「9年間の記録(安保から安保まで)」 7月「若衆宿の人々」「この国の母たち」「ある底辺」 8月「黄色い手帳~原爆被爆者の周辺~」「いのちの値段」「母子寮の夏」「トカラの人々~ある離島の現実~」 9月「黒い地帯~その後の炭鉱離職者達~」「先生の雑記帳」「東京の大学生」 10月「小児マヒ地帯」「地底~ある炭鉱事故の記録(豊州炭鉱)~」「政治テロ」「万年豊作」 11月「上野~裏窓の世相~」「不就学児童」 12月「臨時労働者」「繁栄の谷間~京浜工業地帯のある断面~」「開拓地」「なにわの暮」

◆第2回 高度成長への序章 1964年・東京オリンピックまで

開催日:2021年11月27日(土)14:00-16:00
概要:三井三池、安保闘争をへて、日本社会は急速に保守化し、旧軍出身者が自衛隊の幹部になり、再軍備の動きが加速する。このころの番組は、激変する社会の中で働く若者、大学生、サラリーマン、家庭の中の妻などに焦点を当てながら、他方で封建制の遺産をあざやかに映している。こうした変動の中で、福祉の谷間に落ちて行った人びとへの視線は際立っている。高度成長の入り口で素顔を見せてきた社会の諸矛盾をつぶさに見ていく。

参考:1961年~64年
61年「交通マヒ」「太陽のない教室~夜間中学生~」「ヘロイン」「土の中の共同社会」「ある信者たち」「旧軍人」「ぼくらも日本人」「文楽」「デパート」「兜町」「歌は世につれ」「サラリーマン」「機関士~ある合理化の断面~」「傷ついた村」「保母さん」「学生寮~大学における人間性回復の方向~」「工場誘致」「山林地主(福島他)」「精神衛生のカルテ」「防衛大学生」「若い根っこ」「消えやらぬ傷あと(広島)」「流転の村~小河内ダムの30年~」「妻の座」「血液市場」「入会争議」「あるミスの誕生」「靖国神社」「県人会~東京に生きる地方精神~」「町工場」「黒い墓標~石炭産業合理化の断面~」「株主」 / 62年「勲章」「風土病」「警視庁」「埋もれた辺境~冬山の臨時労働者たち~」「移住者」「旧軍港」「旧地主」「閉ざされた島 長島愛生園」 「底流(日本の素顔 4年間の記録)」「観光基地」「傷心の谷間~伊那谷その後~」「正義感をめぐる12の証言」「防衛産業」「その後の釜ヶ崎」「日本の中の沖縄」「釜ヶ崎からの報告」「村の政治~4人の村長の記録~」「破産都市」「経営戦略時代」「恐山」「ゴミの社会学」「秘境返上~国土総合開発の問題点~」「フレキシネル段階 赤痢菌の周辺」「白衣の労働者」「奇禍」「華僑」「組夫~石炭産業合理化の断面~」「故郷なき人々~小笠原疎開民の記録~」「D階層」「鷹匠 老人と鷹」(NTV) / 63年「外国資本」「三割自治」「原子炉の周辺」「老後」「土地はだれのもの」「流通革命」「家元社会」「プライバシー」「夢のかけ橋~開発政策の内幕~」「貝殻島周辺のコンブ漁の安全操業への道程」「忘れられた皇軍」NTV / 「国境周辺」「消費者主権」「失われた歳月~長期裁判の代償~」「よみがえる墓標」「祇園」「ある閉山~金属鉱山の現実~」「自由化1年」「相場師」「私鉄~その点と線の戦い~」「教祖誕生」「公害都市」「15歳の自衛官」「放浪~梅田厚生館の保護記録から~」「補償以後」「社会病質者の周辺」 / 64年「帰郷~漂海漁民の里~」「東京農民」「廃屋の村」「企業学校」」「山岸会」

◆第3回 市井の人々の営み①(1964年~68年)

開催日:2021年12月11日(土)14:00-16:00 
概要:東京オリンピックから大阪万博にいたる絵にかいたような高度成長期、市井の人々は、人口の都市集中化、過疎化の流れに翻弄されながら、「個人」として「集団」として生きていた。今回は、人々の生活に根深く刻まれた「戦争の記憶」「奉仕の精神」「障害者福祉」「ベトナム戦争」「日韓条約」「学園闘争」など、戦争体験の相対化の時期を、1968年までのNHK「ある人生」「現代の映像」、日テレ「ノンフィクション劇場」などから見ていく。

参考:1964年~68年
64年 「良寛先生」(釜ヶ崎の医師)「熊の長さん」(熊撃ち名人・在日韓国人)「白サギの心とともに」(写真家と知的障害児たち)「われらウタリに」(アイヌの伝道師)「杖と六法全書」(ある老弁護士)「還らぬ海~北洋漁民の周辺~」「筑豊の女」「砂と弾丸」「犬神」 / 65年 「井村せんせ」(知的障害児教室の先生)「教誨師善海」(シベリア帰りの刑務所教誨師)「荒れ地の記録」(元満州開拓団)「臥蛇の入道先生」(離島分校教師・鹿児島県十島町)「耳鳴り」(原爆歌人と言われた被爆者)「なにわ節説法と少年たち」(非行少年更生に生きる)「南海の雲のはてに」(特攻隊員の息子の最期をたどる両親)「オディリアさん」(ドイツ人の乳児院院長)「こころに見る星」(全盲の女性教師)「いのちある日々」(浦上の被爆牧師)「隅田川の巡回ドクター」(戦地から帰った医師)「白衣からの脱出」(傷痍軍人たちの戦後)「歩めどもうまず」(在日韓国人牧師)「この子らの母」(のぎく学園園長)「ベトナム海兵隊大戦記」NTV / 66年 「雪国の民話先生」(ほろびゆく民話を収集する)「メダカ課長」(都の水質保全課長)「識字学校」(被差別部落の識字教員)「元原爆資料館長」(瓦礫の破片から爆心地を探す)安全丸航海記(神田川の荷受船船長・後に第五福竜丸廃船のきっかけ)「110PPM 大気汚染と東京」「都市孤老」 / 67年 「ぼた山よ」(炭鉱の絵師山本作兵衛)「健保村長記 晟雄につづけ」(医療十割給付を成し遂げた岩手県沢内村村長)「古堅宗憲氏の日記」(沖縄の祖国復帰)「公害係長」(四日市市公害係長)「くるま座座長」(釜ヶ崎の住民劇団)「広場と群衆」 / 68年 「100人のおやじ」(満州開拓)「ゴミとエントツ」(都の清掃研究所長)「移住」(パラグアイに理想を求める老人)「はだかの教室」(山谷の子どもたちと教師)「三里塚四十年」(ある牧場主の記録)「屯田兵の遺産」(大地に挑む40人の大家族・北海道紋別)「筑豊の青春」(閉山炭鉱に住む青年牧師)「ある認定患者たち~イタイイタイ病との闘いの中で」「破壊と再生~未来都市への道~」「黒い病床~米ぬか油事件の背景」

◆第4回 市井の人々の営み②(1969年~71年)

開催日:2021年12月25日(土)14:00-16:00
概要:ベトナム戦争、過疎地の教育、公害、都市改造など成長政策の矛盾が各地で顕在化する時期、市井の人々の目から見る「ある人生」と、社会変動の観点から描く「現代の映像」が併走していた。それらが両輪のようにテレビを牽引していた時期の映像を見る。72年の沖縄返還を前にして、本土防衛のために沖縄を「捨て石」にしたこと、いまも米軍基地からベトナム攻撃が行なわれていることに様々な批判が集まり、「戦後民主主義」に対する疑問が前面化した。と同時に、そうした現実から逃避し、成長神話にすがる人々の動きも伝えている。

参考:
69年「六百人の母」(600人の孤児を育てた女性の昭和史)「私とホー・ティ・キュー」(ベトナムから来た戦災孤児)「田野畑日記」(僧侶と保健婦夫妻・岩手県田野畑村)「ストロームおばさん」(釜ヶ崎の保育園)「回天の遺書」(回天特攻隊員の遺族)「生還者 硫黄島1969」(元硫黄島守備隊の24年)「発破部長」(都心の地下構造物の爆破技師)「東京大学~1969年1月~」「あるサラリーマンの遺書」「平和荘の人々」「歩道橋考」「出稼ぎ遺族」「医師争奪戦」「銅像の記憶」「肉弾三勇士の壁像」「爆心の橋」「兵器工業会」「原爆ドーム」「沖縄と本土との間~集団就職の記録」「キツネつき殺人事件報告」「鎮魂の社」「断絶の学園」「座間味島の歳月」「石油タンクのある風景」
70年 「予期せぬ上京」(サリドマイド児と両親)「たんぽぽの旅」(劇団「「たんぽぽ」)「海をかえせ」(四日市市海上保安部)「鎮魂の行脚」(東神奈川ホーム)「マリファナ」「三池の10年」「抗命~ソンミ事件と現代社会~」「八郎潟始末」「24時間都市」「退官~湯川教授の戦後~」「戦艦 陸奥」「池田大作論(未放送)」「大観衆~万国博と日本~」「10年の軌跡~日米安保条約~」「空がこんなに青いとは」「教科書裁判」「沖縄軍事法廷」「ナイキと山村」「在日米国大使館~日米交渉のある接点~」「母性離脱」「チッソ株主総会」 / 71年 「対決」(安中公害被害者対策協議会長)「遥かなるモンテンルパ」(フィリピンのBC級戦犯・長野県飯田市)「大蔵省主計局」「沖縄の20歳」「原因不明~全日空機羽田事故~」「一つのCP集団」

◆第5回 初期ドキュメンタリーから特集へ

開催日:2022年1月8日(土)14:00-16:00
概要:初期のドキュメンタリーは30分であり、ウイークリーの放送だった。取材者たちは、時宜的な現地ルポを量産しながら、その背景に、構造的な問題が横たわっていることに気づき始めていた。ジャンル横断的な視点の目覚めである。年間企画や大型特集がその受け皿になり、時代の潮流が視野に入ってきた。それぞれの特集の中には、個々の番組がアーカイブとして息づいていることにも気づき始める。ポリフォニックな番組作りが可能になり、日本が内蔵してきたさまざまな戦争の痕跡が新たに蘇ってきた。この時代を、テレビ制作者たちはどのように見ていたのか。

参考:
特集番組:ドキュメンタリー「歳月」(1964年) / 特集「和賀郡和賀町~1967年・夏~」(1967年) / ドキュメンタリー「乗船名簿AR-29」(1968年) / ドキュメンタリー「廃船」(1969年) / 特集「ある湖の物語」(1969年) / ドキュメンタリー「富谷国民学校」(1969年) / 特集「新宿~都市と人間に関するリポート~」(1970年) / ドキュメンタリー「Uボートの遺書」(1970年)

◆第6回 1970年代・テレビ映像の変革期

開催日:2022年1月22日(土)14:00-16:00
概要:テレビは映像と音声の同期(シンクロ)という段階に入った。フランスで始まった映像人類学の影響が濃い。音と映像が一致することが遠隔地での記録にとって不可欠だったからである。そのために、三脚を立てて撮影することから、手持ちカメラが主流になってきた。目まぐるしく変動する人びとと社会の実態に肉薄して撮影すること、広角レンズを多用することで、複雑な現実を批評的に迫り、ときに前衛的な映像が社会に潜在する矛盾を引き出す能力を持った。いわば客観報道のツールだったテレビが、独自の表現スタイル(文体)を持つようになったのである。そうした実験的なテレビ表現は、ドラマとドキュメンタリーの垣根を超えるまでになるが、同時に様々な軋轢や摩擦を呼ぶことになった。この勢いは、74年のオイルショックまで続き、その後は、取材と報告を可視化することで、客観性と社会批評を同時に実現する「調査報道」に移行していく。

参考:
71年 ドキュメンタリー「解体~興安丸の一生~」 人間列島「18歳男子」ドラマ「さすらい」(佐々木昭一郎) / 72年 人間列島「海鳴り」「海峡」BS世界のドキュメンタリー「沖縄返還と密約~アメリカの対日外交戦略~」 / 73年 「水俣一揆~一生を問う人びと~」(土本典昭) 新日本紀行「東京・山川草木」明るい農村 村の記録「減反詩集」 / 74年 ドラマ「夢の島少女」 「ハーツ・アンド・マインズ(Hearts and Minds)( ピーター・デイヴィス)ドキュメンタリー「皿の碑」など。


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