2023/03/27 20:19

このブログではNPAに寄せられた受講生からのご感想を紹介します!
(回数は第何回目の講座を受講したかを示しています)



コース1 日本と東アジア
第2回目 THさん
詳しく沖縄と沖縄の周辺の島々での軍備拡充のことなどお話いただき、わかっているつもりでいましたが、更に詳しく聞くことが出来ました。そして、本当に、兵器を持つことで、戦争の抑止になるのかと言うことを日本人全員でしっかり考える時だと感じます。ただ、本土にいて、目の前に見たりしないので、意識は薄いのが現状です。今日も、地元での朗読会で平和についての本を選んで読んできました。(選んだ本は絵本『非武装地帯に春がくると』です。)講師の与那覇さんに、基地引取運動についてどう思われるかとお聞きしたい気持ちもありましたが、圧倒され、質問に声をあげることが出来ませんでした。私も基地、武器、兵器は要らないと思っています。9条を世界に!と、思っています。でも、本土に基地負担を増やすことが先決だと思っています。まだまだ学びたいと思います。

第4回目 NAさん
中国のイメージがガラリと変わり、とても明るい気持ちになりました。あまりにも知らないことばかりで、そして知ると日本にとって、中国はとても心強い存在だと理解できました。ありがとうございました。

第6回目 T.Sさん
週刊金曜日の編集後記に書いているのだから、名前を指摘する必要も無いのだが、「尊厳ある死」の発言は酷かった。「尊厳」とは誰が決めるのか。また、ウクライナのことはウクライナ人が決めるというのも、このウクライナ戦争が内戦から始まったという歴史的事実を無視している。ウクライナ人同士が殺し合いをしているのに、どのウクライナ人が何を決められるというのか。未だに、国家の枠でしか物事を考えられず、その国家と自称する権力者達の利益のために殺されていくウクライナ人が可哀想としか思えないのに、戦争で権力を維持しようとする権力者達の思惑のままに「ウクライナのことはウクライナ人が決める」とは何という無理解、無知なのか。これが米国の代理戦争とどうして理解出来ないのか、それが分からない。

コース2 憲法を考える
第1回目 AYさん
私は講師の三浦まり先生が主催するパリテ・アカデミーの卒業生であり、昨年の三好市議会議員選挙で落選した経験があります。正直、自分の選挙運動が始まるまで女性参政の歴史なんて考えたことがありませんでした。
選挙運動も終盤に差し掛かった頃、近所に住む92歳のおばあちゃんが「冥土の土産に選挙カーに乗りたい。昔の女の人は選挙事務所で留守番したり電話したりお茶入れたり、そんなことばっかりしてきたんよ。赤ちゃんだったあやちゃんが選挙に立候補するなんて・・最後の思い出にあやちゃんの選挙かーに乗せて」と言ってきました。その日から私の陣営の女性支援者(高齢)様を順に選挙カーに乗せて走りました。登録していないので運転も、ウグイスも何もできません。窓から手を売るだけの係です。それでも「選挙運動に参加した」という事実がとても嬉しいことだったらしく、また普段自力ではいけない地域の人々に出会うことで活力にもなったのではないかと思います。
女性参政の歴史を詳しくしれてよかったです。ありがとうございました。

第5回目 TOさん、
LGBTQの人々の平等を日本社会がどう守っていくのかを考えるために、とても貴重な学びの機会となりました。とてもわかりやすく、深く分析した講義であり、講師の三輪先生に深く感謝申し上げます。

コース3 知らなかった!OKINAWA
第1回目 FMさん
平和の礎創設の意味、目的もよく知らなかったので、貴重な学びをさせていただきました。日中戦争の始まりである、満州事変にさかのぼって、戦死された方のお名前が刻まれていたことも知らず、大田さん、高山さんが韓国へも足を運ばれ、朝鮮半島出身の方のお名前を創氏改名前のお名前で刻むことを努力されたことなど、知らないことばかりでした。また、毎年あらたにお名前が刻まれていること、戦争によって性奴隷にされた方への謝罪もないことなど、まだ、先の戦争は終わっていないといえますね。終わっていないまま、あらたな戦前のきな臭ささに恐怖を覚えます。だからこそ、平和の礎に刻まれた、お名前をよみあげるという壮大な平和活動の意義をかみしめます。台湾有事と言わせないためのアジア市民による友好運動、お祭りを大きくしたいです。ありがとうございました。

第2回目 TYさん
昨年礎の読み上げに参加して父方の祖父母と叔母の名前を読みました。それで今回の講座を楽しみにしていました。平仲愛理さんありがとうございました。希望が湧いて嬉しくなりました。父は糸満の出身ですが戦争前に東京に出ていました。東京下町生まれの母から東京大空襲の話しは聞いていたけれど沖縄は遠かったです。父が10年位前に亡くなってから叔母に会う機会が増え山部隊で炊事の仕事をしていたとき4人の炊事婦たちに兄のようにやさしく気にかけてくれた曹長さんが戦死されたことや危険な弾運びをさせられたことなど最近はよく話してくれました。戦争前の子どものときの話も。昨年96歳で亡くなって寂しかったのですが平仲さんのような若い方が立派なお仕事をされていて嬉しいです。

第4回目 トルネードまーりーさん
朝鮮半島から徴用されて来た方たちのお名前を母語で刻銘することが平和を創造することにつながるという意義がよくわかりました。正式に謝罪もなければ、補償もしていないという、この国が情けないです。台湾有事と戦争をあおり、軍拡をつきすすんでいる流れを止めるためにも、過去の侵略戦争、植民地支配について知らなければならないと思いました。貴重な学びをありがとうございました

コース4 東アジアのフェミニズム
第3回目 O.Iさん
フェミ・ゼミで梁・永山 聡子さんのお話を何度か聞き、またお聞きしたくて今回の講座を視聴しました。
「フェミニズムにスターは要らない。」にとても共感しました。そうした声がどのように出てきて、広がることができているのか興味があります(日本ではそうした声をなかなか聞かない)。韓国のフェミニズムの層の厚さ、広がりと民主化運動の力を思いました。
ドラマの話ですが、入り口が寿司屋なのに入ってみたらイタリアン、最近突然韓国ドラマ、映画にはまっていて、その感じがよく分かりました。韓国ドラマの題名もですが、ポスターやDVDの箱の写真のピンク色もとても気になるところ。韓国ドラマとフェミニズムのお話しはもっと聞きたいと思いました。ぜひ、企画お願いします。

コース8 時事ニュースで読む韓国社会と韓国語
第2回目 A.Nさん
「こびとが打ち上げた小さなボール」の日本語訳は持っていましたが最初読んだ時はよく意味がわかりませんでした。昨年からNPAで韓国現代史を学んでから読み直したら、号泣しました。ニュースのチョ・セヒさんのインタビューがとても印象的でした。禁書時代に高校の先生から回ってきて読んだという先生の個人的な体験、映画での全斗煥政権時代の検閲の加工解説やYouTuber田中さんなど、韓国のリアルな空気を感じられてすごく面白かったです。ありがとうございました。

コース11  村井吉敬の小さな民からの発想
第1回目 STさん
最初に出会ったのは、鶴見良行さんだった。といっても亡くなっていたのだけれど、PARCで鶴見さんについての講座があった。たちまちファン?となり、何冊もの本を読んだ。その関連で村井さんにも出会った。1999年にアチェ、2001年に西パプアへのNINJAというNGO主催のツアーに参加した。アチェは、村井さん、新妻さん、佐伯奈津子さん、間瀬さん、伊藤淳子さんなどが一緒だった。鶴見良行のどこに惹かれたかというと、あの70年学園闘争、ベトナム戦争などを経て、鶴見さんの生き方は新鮮だった。私は1950年生まれだから、70年安保は、もう終わりの頃、ちょっとだけ引っかかっている。あの頃の学生はマルクスを読んだ。戦後の復興を経て、資本主義の弊害が、公害をはじめ、吹き出していた時だった。だから、学生たちは、資本主義をアウフフェーベンした社会として、「共産主義」を夢見た。唯物論、史的唯物論、唯物史観、そして、歴史は「原始共産制」「奴隷制」「封建制」「資本主義」「共産主義」と必然的に発達すると考えた。だが、違う現実や社会を鶴見さんはアジアに見た。「なまこ」も白蝶貝も、人も物も、国境を越えて、海を越えて動く。「歩く学問」、鶴見さんは、高飛車に語ることはなかったけれど、マルクス主義とは違う、「論」として展開することはなかったけれど、新たな学問、というか視点を拓こうとしているように感じた。村井さんの「小さな民からの発想」というのも、それにつながるもののような気がする。その後、「アジアの歩き方」「辺境学ノート」を持って、スラウェシを一人旅した。鶴見さんや村井さんたちが歩いた、島々に行きたかったのだけれど、ちょうどそのころ、「宗教戦争」のような危ない状況が島々を覆っていた。 「神々は細部に宿る」を引用していたのは、鶴見さんだっけ村井さんだっけ?そうだよなあ。スハルト体制下の、村井さん講師の学習会には何回か参加した。PARCの講座で、村井さんの知人のインドネシアの方が先生になって教えてくれた料理教室にも何回か参加したなあ。講座の感想というより、バラバラな話になりました。学生運動との関係を質問したのは、村井さんが75年にインドネシアに留学するまでの数年間、あの学生運動後にいろいろ考え惑っていたのかなあ、なんて勝手に推測したものですから。

第2回目 YTさん
飯笹佐代子さんのご紹介で、初めて受講させていただきました。ありがとうございました。
国際交流基金プログラム日本語パートナーズ・インドネシア10期で、2018年9月~2019年3月、中部ジャワに赴任していました。赴任前に、『現代インドネシアを知るための60章』(明石書店)を読み、村井吉敬先生を知りました。その後、飯笹さんのご紹介で『サシとアジアと海世界』『ぼくが歩いた東南アジア』(コモンズ)にも出会うことができました。
今回の講座では、一般的には全く報道されない状況について知ることができましたし、それらに関連して、日本国内での「難民」の現状について考えを深めることもできました。たいへん有意義な時間でした。
APLAのご活躍をお祈りします。

コース12  桜井均とドキュメンターリーを読む
第2回目 YOさん
いつも有難うございます。憲法1条が気になっている者(アベ改憲には反対だけど1章は変えたい)としては今回のコース楽しみにしております。夜の講座では後半は参加できず録画では議論に参加できないことが残念でしたが、録画で山岡さんの「感想を書いてください」とのこと嬉しく思い書かせて頂きます。上司が削除しろと言うのを退けて放映した言葉を受けての日本女性戦犯法廷とその改竄、松井やよりさんの涙の抗議に衝撃を受けた桜井さんがNPA講座をして下さっている意味が少し理解できた気がしました。天皇の戦争責任を問うことに、これだけの時間のかかった、新たな資料で明らかになったことを丁寧に示してくれる番組は有難いものだと思いますが、それにしても、なぜ天皇制廃止の議論にならないのか?人権感覚のなさが1条と9条を同居させている。人権感覚の無さは、特権への甘さと裏腹ではないでしょうか? 利権、役得といったものへの甘さが、私自身も含めた日本人にあるのではないでしょうか? 戦前の日本は世界的に格差の大きい社会だったという橘木氏の著作で、なるほど(昨今の格差拡大は先祖帰り、戦前回帰か?!)と思ったのですが、最悪のアマルガム、06年の教育基本法改悪も、それを許してしまう社会の風潮があったからこそ通ってしまったのでしょう(私自身も反対運動をしたつもりでしたが不十分だったと思います)。天皇は国民ではない、選挙権も持たず人権も保障されない、その代わり多大な特権を持っている、そんな皇室の存在を許してはならない、特権を許すものは人権に鈍感ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

第3回目 YOさん
桜井さんの編集作業をみせて頂き、その後での映像、大変感慨深く拝見しました。いつも後半は録画で、期限ぎりぎりにやっと全部見終わるのですが、明日もう一度ゆっくり見せて頂こうと思います。最後に水俣の「奇病のかげに」に言及されたこと、後から明らかになることも繋ぎ合わせていくことの大切さ、本当にありがとうございました。

コース13  オムニバス講座NPAオープンテラス
第2回目 NMさん
対馬でこのような事が起きているのを知りませんでした。見過ごさずに行動してみえる事、困難を感じてみえる事が伝わりました。

第2回目 Nさん
対馬の現状や最終処分場の位置付け、選定プロセスなどを一度に知ることができて勉強になった。ただ、講師の方が反対の立場であることで内容がかなり偏ったものになっていたこと、賛成派の具体的な主張が適当にしか紹介されなかったことは残念だった。また講師には3名の名前があったが、2名しか登壇しておらず、それも残念だった。

コース14  木戸衛一と考えるドイツの現代史と政治
第1回 TSさん
ドイツ憲法と日本憲法の第一条の相違を指摘されて、改めて確認した。ドイツ国民の尊厳ではなく、人間の尊厳だった。日本の第一条はおぞましい、戦争の責任感は皆無の内容で、悲しいことに日本の左派リベラルは護憲勢力として受け入れてしまっている。ダワーの指摘するように、天皇の責任が問われないのに、その名で公布された治安維持法の問題も問われないのは当然となってしまう。ドイツとの比較が煙たがられる訳だ。

第1条 [人間の尊厳、基本権による国家権力の拘束]
(1) 人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。
(2) ドイツ国民は、それゆえに、侵すことのできない、かつ譲り渡すことのできない人権を、世界のあらゆる人間社会、平和および正義の基礎として認める。
(3) 以下の基本権は、直接に妥当する法として、立法、執行権および司法を拘束する。 

第4回目 TAさん
貴重なお話を有難うございました。ドイツの政治教育に興味があり第4回を受講しました。東ドイツを含め通史的に書かれた本になかなか出会えなかったこともあり、多くを学ばせて頂きました。有難うございました。それから、今回の講座は、歴史教育と政治教育についてでしたが、おそらくドイツでは、学校(ギムナジウム)卒業の時点で、外交や安全保障についても批判的に判断できる有権者を育てる教育を行っているのではないかと思っています。もし機会があれば、ドイツの外交・安全保障の教育の様子についてのお話も伺えないものかと思っております。どうぞ、よろしくお願い致します。

コース16  日中関係
第2回目 ANさん
霧社事件を描いた台湾映画「セデック・バレ」に衝撃を受け何度も見たので、この2回の墨面さんの講義はとても感動しました。台湾原住民族の運動の先進性がよくわかりました。日本に暮らす人は既得権者だから現状を変えたくない、というご指摘はとても腑に落ちました。私達が立っている地面には傾斜があるんだなと。素晴らしい講義をありがとうございました。

コース21  教育の現場から
第6回目 M.Fさん
ゆがんだ英語教育の状況は、現場にいてもよくわかります。ただ単に使えればよいという姿勢の教員も多くみられます。日本人は「読む」ことを基盤に、そこから個々に応じて必要な技能を身につける選択式のカリキュラムが必要だと考えます。今回の講座を受講して、その気持ちが一層強くなりました。あと数年で定年の私に何ができるのか模索中です。

コース22  高橋哲哉の市民哲学セミナー
第1回目 TSさん
国家と犠牲、厄介な問題です。高橋先生の講座は、怯むことなく厄介な問題を取り扱うことに魅力があります。冒頭、旧約から説き始める流れも素晴らしい。人を幸せにする宗教がなんで犠牲を強いるのか、それも無条件の服従を求めるのか、そこに犠牲の根源があります。万能の神が、なぜ人を試すのか、人の心を見抜く力ぐらい万能というのだから持っているんじゃないのかと、ここの箇所はいつも疑問で可笑しな所と思ってます。まさに、神は私たち人間の分身、鏡にしか過ぎないことがよく理解出来ます。国家もそうした擬制があります。国民を護り、幸せにする国家が、国民に死ねという根本的な矛盾をどうするのかです。その一つの回答が靖国で、靖国では英霊として生き続けるのですから、死んでいないという壮大な虚構がその回答になってます。国家はいくら国民を戦死させても、実は死んではいない、英霊として生きているというのだから、国家犯罪は成立しなくなります。この論理は、靖国のないロシアでもプーチンが同じ論理を展開しています。いやはや、呆れていられません。本気でそう考えて受け入れてしまう人達が多くいるからです。カイヨワの戦争論は祝祭としての戦争を解説していますが、そういう面はあるとして、私の感覚ではまったくついていけません。

第1回目 NAさん
靖国という洗脳装置と軍人年給で懐柔された家族が共犯者になり、ネズミ講のように次々周りを軍国化していく様子が想像できました。靖国は軍事施設と聞いたことがありましたが、ヒトラーのナチスのようにすごい演出効果だと思いました。まさにカルトで怖く、今も犠牲の論理は再現されているように思いました。

第1回目 TKさん
靖国、というと太平洋戦争のイメージだった自分の無知を知りました。西南戦争の頃にはあった、靖国神社。日清、日露の頃から、戦死した人を祀る、戦死者を神として仰ぐ神社が、肉親の死というこの上ない痛みと、それを強いた国家権力を恨むことにも繋がりうる負の感情を、「顕彰」という人心操作により、真逆のものに変えてしまう怖さを思います。変えた上で、その感情を、広く国民に連鎖していかせる装置としての靖国神社というものを、映像を通しても実感しました。小泉・安倍・土井氏のスピーチの中で言われる「尊い」犠牲、という言葉の違和感。なぜ、犠牲、と言い切れないのか。真には、権力により至らしめられたその死にプラスの意味などないもののはずが、本質から目を反らす、誤魔化しの言葉に思えます。「戦争の惨禍を繰り返してはならない」としながらの集団的自衛権の行使。耳障りのいい言葉、目くらましの言葉を市民は見抜かないとと思います。「軍国の母」は気の毒でしかない。顕彰を受け感動する描写は、メディアによって多分に演出されただけではないか、当時の同調圧力は現在にもまして、大変なものがあったはず、ご本人さえ、親としての本心を自分でも欺きながら、そうでもしなければ、生きることも辛すぎるような現実もあった面があると思います。今回、「海ゆかば」の曲の意味を知ってぞっとしました。屍を越えても闘う、という意味かと思っていたら、自分が、戦いきって屍になるぞという覚悟の歌。死にに行くことを若者が互いに讃え合う歌。戦後の基本的人権の尊重の価値観では、到底理解できない「常識」が「常識」と思わされていた当時。しかし、今プーチン氏の、遺族の母への「言葉」を生む思想とそれに共感するロシア国民がいること、また、「それに近い思想が日本でも再燃する危険性はある」とする佐藤優氏のコメントは、まさか、と振り払うことができないことが怖いことです。教育基本法の改正で「愛国心」という、自己犠牲を正当化する装置の種になりうるものを植え付けようとする、安倍政権の思想は、時代錯誤に思えていましたが、靖国の思想の根底にあるものは、今も受け継がれていて、今も、少子化対策、も、別面から捉えているタカ派もいるのではとも想像すらします。「大衆をどう動かすか」は、いつどの時代でも、権力の側の大きなテーマで、戦争はその最たるもの、ありとあらゆる手段で、国民がそれを支持する体制を作り出すだろうことに対して、その予兆から、警戒していたいと思います。

第3回目 T.Sさん
「民主主義と犠牲の論理」は刺激的な講義でした。共同体とか国家とかは犠牲求めて神聖化します。その犠牲を要求する論理は、国家権力だけでなく民衆側にもあります。主体的な犠牲という言葉がありますが、日本の戦争中もある意味主体的に英霊という犠牲を選択してました。この民衆側にある主体的犠牲論を否定しないと、権力側からの犠牲論を否定できないと思ってます。犠牲を求めることも受け入れることも否定しないと、権力側の権力維持、誇示のための犠牲論は否定できないでしょう。

第5回目 I.Mさん
録画で視聴しました。ありがとうございました。
内海先生が呼び名「北朝鮮」のことをおっしゃっていましたが・・・・
以前、友人の在日コリアン朝鮮籍の人たちに「朝鮮民主主義人民共和国」は長いので簡単に何と呼べば良いか?と聞きました。
答えは「朝鮮」でした。「共和国」は他にもあるし、DPRKではわからない人も多いからです。
「北朝鮮」と言われるとどう感じるか?には「差別的」「良い感じはしない」「嫌」とのこと。
「北朝鮮」と呼ぶなら韓国は「南朝鮮」なのに大韓民国は略称の「韓国」と言っている、とも指摘されました。確かに片方だけが国名です。対等ではないのは、日本が国交を持っていないからなのでしょうか?
私は友人たちの話を聞いてからは必ず「朝鮮」を使っています。当事者が聞いて気分を悪くする言葉は使えません。
以上、参考までに書きました。